更新日:2025年11月11日

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近年の企業経営ではダイバーシティの視点が非常に重視されていますが、その流れのなかでD&Iという言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)とは、多様な立場の人がそれぞれの能力を発揮できる環境をつくる取り組みのことです。ここでは、D&Iの重要性と、企業がD&Iに取り組むメリットを解説します。

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)とは?

D&Iは「ダイバーシティ&インクルージョン」の略で、多様性と包摂の両方を重視する考え方です。包摂とは、ある事柄をより大きな枠組みの中に収めることを意味します。経営の文脈では、さまざまな背景を持つ人々が互いに認め合い、組織の中で自分らしく力を発揮できる環境づくりを意味します。

包摂の実現には、公平性を確保した人事制度の構築や、多様性を前提とした職場文化の育成が欠かせません。つまり、単に制度を整えるだけでなく、組織全体として多様な価値観があたりまえとなる意識の改革が求められるのです。

単にダイバーシティという場合は多様な人材がともに働く環境を指しますが、D&Iはそこから一歩踏み込み、多様な人材が集まる環境が持つ潜在能力を最大限に活かすための取り組みだといえます。

近年では、D&Iに「Equity(公平性)」を加えたDE&Iという表現も使われるようになっています。 「Equity」は「平等(Equality)」とは異なり、一人ひとりの背景や状況に応じて公平に機会や支援を提供するという考え方です。

D&Iと近しい考え方ですが、DE&Iは、「公平な仕組みづくり」に焦点を当てた言葉です。日本でもD&Iの取り組みが進む中で、「E(Equity)」という視点も重視されつつあります。

D&Iがなぜ重要なのか

近年、D&Iは非常に重要視されており、政府もその推進に関するさまざまな情報や資料を提示しています。

では、なぜ今D&Iが重要視されているのでしょうか。そこには、時代背景や社会が抱えるさまざまな課題が関係しています。ここでは、D&Iが注目される4つの要因を解説します。

労働人口減少への対応(多様な人材確保)

日本では今、世界の多くの国々と同様、労働人口の減少が深刻な問題となっています。

いわゆる団塊の世代と呼ばれる戦後の第一次ベビーブーム世代は、2025年にすべての人が後期高齢者となり、社会の高齢化は一層進行しました。出生率の低下と高齢化のダブルパンチにより、今後は働き手の確保がますます難しくなることが予測されています。

こうした状況下で従来型の雇用スタイルや働き方をそのまま維持するのは現実的ではありません。限られた人材リソースの中で、年齢・性別・国籍・ライフスタイルなどの違いを持つ人々が、共に働きやすく、個々の能力を十分に発揮できる環境を整えることが、企業の持続的な発展に欠かせない条件となっています。

こうした考え方こそがD&Iであり、人材不足という構造的な課題を乗り越えるための鍵を握っているのです。

参照:厚生労働省|我が国の人口について

イノベーション創出につながる

D&Iはイノベーション創出と非常に密接な関係にあります。イノベーション創出とは、既存のアイディアや知識を組み合わせることで新しい価値を生み出すことです。

D&Iの取り組みでは、性別や国籍、年齢や価値観など、多様な人材が集まり相互に関わり合います。その関わりのなかで異なる考え方やアイディア同士が重なり合うことで、新しい切り口が見つかる可能性が高まります。

さまざまな背景をもった人材が集まることによって、固定観念からの脱却も期待でき、サービスや商品の幅が広がります。

企業ブランド・評価の向上

D&Iの取り組みは、社会的責務を果たす優良な企業としてイメージの向上に繋がります。消費者からの見え方はもちろん、取引先や投資家からも評価を得やすくなります。

企業ブランドや評価が向上すれば、学生から見ても魅力的な会社に映り、採用競争力が向上します。それにより多様で優秀な人材の採用が実現し、企業の長期的な成長に繋がります。

法制度や社会的要請(SDGs、人的資本開示との関連)

ダイバーシティの概念は今や一般的に広く認知されており、それに伴って、企業には人的資本開示が求められるようになりました。どのような人材がどのように能力を発揮できるように取り組んでいるかを経営戦略として開示するということです。その過程ではもちろん、D&Iの取り組みにも目が向けられます。

また、雇用の場におけるダイバーシティの観点はSDGsの開発目標にも取り入れられており、D&Iの推進は今や企業が果たすべき重要な責任の一つとなっています。

このような背景により、多様性への積極的な姿勢を示している企業は社会的な信頼を得やすい時代となっているのです。

参照:公益財団法人日本ユニセフ協会|SDGs CLUB

参照:内閣官房|人的資本可視化指針

企業がD&Iに取り組むメリット

企業がD&Iに取り組むことは、社会的責務を果たすためだけに有効なわけではありません。企業のさまざまな課題を解決するうえでも多くのメリットがあります。

ここでは、企業がD&Iに取り組むことで得られる大きなメリットを4つご紹介します。

人材不足の解消

多様な人々が活躍できる職場環境を整備することは、これまで十分に雇用機会が与えられてこなかった層に対して新たな職場を提供することにつながります。それにより、企業はより幅広い人材との接点を持てるようになります。

また、人材の受け入れの幅を広げることは、進行する少子高齢化や人手不足といった構造的課題に対する有効な対策となり得ます。

しかしながら、単に採用枠を広げるだけでは持続的な成長は実現しません。重要なのは、採用された多様な人材が自身の力を発揮し活躍できるよう組織を運営すること、すなわちD&Iを実践することです。多様性を前提としたマネジメントがあってこそ、人的資本を最大限に活用でき、企業としての競争力も高まるのです。

実際、女性社員比率が高い企業や女性の正社員登用が進んでいる企業では、新卒採用の充足度が高い傾向もみられます。これは、ダイバーシティへの積極的な取り組みが求職者からの信頼や魅力の向上に影響していることを示唆するものと言えます。

参照:株式会社博報堂│和6年度中小企業実態調査事業調査報告書

社員のモチベーション・エンゲージメント向上

D&Iが根づいた職場では社員一人ひとりの立場や背景が尊重され、誰もが自分らしく働ける環境づくりが進んでいます。性別や年齢、家庭の事情、価値観の違いに関わらず、それぞれが対等に受け入れられている実感を一人ひとりが持つことは、働く人の安心感やエンゲージメントの向上につながります。

また、働き方に多様性があることも働く人にとって大きな魅力となるでしょう。時短勤務、テレワーク、副業の容認といった多様な選択肢が用意されていれば、働く人はそれぞれのライフスタイルに合わせて働くことができ、私生活と仕事を両立しやすくなります。

結果として、自分の価値や存在が職場で認められていると感じることができ、業務のモチベーションや主体性が自然と高まります。D&Iの推進は、こうした個人の前向きな働き方が後押しとなり、組織全体の活力にもつながっていくのです。

顧客層の多様化に対応

価値観やライフスタイルが多様化した今の時代においては、顧客が求める商品やサービスも一様ではなくなっています。従来のような画一的なアプローチでは十分に応えきれず、個人ごとのニーズや背景に寄り添った柔軟な対応が求められる時代となっています。こうした多様な市場の期待に応えるためには、企業の中にもさまざまな視点や経験、価値観を持つ人材が不可欠です。

その点、D&Iの進んだ組織では、異なるバックグラウンドを持つ社員たちが互いに意見を尊重し合いながら、より幅広い発想やアプローチを実現しています。D&Iが組織に根づいていることで、商品・サービス開発においても多角的な視点を取り入れることが可能となり、顧客の多様化に柔軟に対応できるようになるのです。

投資家・取引先からの信頼獲得

人材不足や顧客ニーズの多様化が進み、D&Iへの取り組みが企業成長に不可欠であるという考え方は広く認知される時代となりました。そうした背景のもと、企業を評価する投資家や取引先は、企業の将来性を測るひとつの指針としてD&Iの推進状況に着目するようになってきています。

D&Iの取り組みが積極的で、かつサービス向上に繋がるような成果を出している企業は、投資家や取引先からの信頼を獲得しやすい傾向にあります。

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D&Iの具体的な取り組み例

ひと口にD&Iといっても、その取り組みは多岐にわたります。経済産業省が公開した「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」によると、D&Iの具体的な取り組みには以下のようなものがあります。

  • 年功序列などの人事システムを見直し、成果に基づいた評価や報酬体系とする
  • フレックス勤務や在宅勤務などの制度を整備し、働き方の柔軟化を進める
  • ライフプランに適応して働けるようにするため、複数の労働時間区分から労働者が選択できるようにする
  • 会社全体としてワーク・ライフ・バランス向上月間を設けて、働き方の見直しを推進する
  • 管理者に対して、ダイバーシティの考え方に関するトレーニングをおこなっている
  • 管理職に対して無意識の偏見の気づきを与える研修を実施している
  • 出産・育児や介護と両立する従業員のために、適切なタイミングで支援をおこなえるような研修を実施している
  • 女性が育児と仕事を両立できるように、働き続けるための両立支援の制度や仕組みを見直している
  • キャリアパスを勤続年数の評価ではなく能力の発揮ができるようなものに整備している。
  • 管理職以外の専門職についても給与が上がる報酬体系を導入している
  • 副業を認める

これ以外にも、LGBTに配慮する、障がい者雇用や外国人雇用を拡大するなどといったD&Iの推進方法があります。それぞれの企業で取り入れられそうなところから着手し、徐々に包括的に進めていくことが理想です。

参照:経済産業省|ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン

D&I推進の流れ

D&Iの実践事例はたくさんありますが、初めてD&Iに取り組もうとする企業の場合、どこから着手すればいいかわからないという悩みもあるでしょう。

ここでは、D&I推進の流れを5つのステップでご紹介します。

組織の多様性を可視化する

まずは、今ある組織がどの程度の多様性を内包しているか可視化しましょう。性別や年齢、国籍、障がいの有無など、さまざまな指標についてその実態をデータ化し、組織内でのバランスや偏りを確認します。

D&I推進の位置づけと目標を設定する

D&Iを進めるにあたっては、経営戦略においてどのように位置づけるのかを決め、経営層と目線を合わせることが重要です。D&I推進を通じて、中長期的にどのような企業価値向上を目指すのかを明確にしたうえで、そのために必要な目標(KPI)を設定します。一過性の取り組みではなく、会社全体で一体感を持って進められるようにすることが重要です。

D&Iを推進するための体制構築・施策を実行する

位置づけと目標が決まったら、実際にD&Iを全社的に推進するための体制を構築します。D&Iの推進部門だけで進めるのではなく、推進部門が各部門と連携して、全社一体となって進められるようにします。

そのうえで、D&Iを活かす施策を実行します。前項でご紹介した具体的な取り組み例のように、さまざまな制度を整えていきます。

また、一般従業員だけでなく、管理職に対しても、D&Iの理解を深め固定観念を払拭する学びの機会を設けることが重要です。

D&Iの進捗を測定・評価する

多様性推進の中心にいるのは、現場で日々働く従業員一人ひとりです。そのため、D&Iを支える管理職や担当部門は、実際の職場でどのような声があがっているのか常に耳を傾け、対話を重ねていく姿勢が求められます。

従業員が感じていることを正しく把握し、組織の状態を見える化することで、現状の課題やズレを発見しやすくなります。これが進捗の測定と評価です。そこで見えてきた改善のヒントを次の施策へとつなげ、継続的にアップデートしていくサイクルを回すことが、組織へのD&Iの定着につながっていきます。

また、制度が用意されていても、実際の職場では活用されていない、または使いづらいといったケースも少なくありません。仕組みと現場との間にある「使われない理由」を丁寧に探り、ギャップを埋めていく視点を持つことで、制度の実効性が高まり、多様な人材が活躍しやすい環境の実現に繋がっていきます。

D&Iを組織文化として根付かせる

D&Iの最も理想的な形は、その取り組みが会社の組織文化として根付くことです。

組織文化は、経営陣の考え方や、その企業の成り立ち、これまでの歩みなどの蓄積によって作り上げられています。そこを変えることは簡単なことではありませんが、これからの時代、D&Iを包括した組織文化を持つことは必要不可欠です。

一朝一夕に達成できることではありませんが、D&Iを根付かせられれば、企業の長期成長の強い基盤が整うことになるでしょう。

まとめ

D&Iは、ダイバーシティの観点からさらに一歩踏み込んだプロセスの考え方です。多様な人材がともに働くなかで、お互いを認め合い、それぞれの能力を発揮できる環境を整えることが求められます。

D&Iの本質は組織文化づくりです。制度や数値目標も大切ですが、さまざまな人がそれぞれの働き方で活躍することが当たり前となり、お互いに認め合えるような風土をつくることが、D&Iを軸とした企業成長につながるのです。

D&Iは取り組みをはじめてすぐに効果が出るようなものではありません。一つひとつの課題を解決しながら、経営陣を含めた組織全体で足並みをそろえ、推進に取り組んでいくことが大切です。

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