障がいがあることで働きづらさを感じるということが無いよう、全ての人が平等に、社会の一員として共に歩んでいくことが大切です。障がい者が健常者と全く同じ環境・条件下で働く場合、さまざまな課題により、業務遂行が困難になることもあります。障がい者が働きづらさを感じている場合には、周囲の人が協力してその課題を解決するために取り組むべきことが法律で定められています。
本記事では、誰もが働きやすい社会を作るために生まれた「合理的配慮」について詳しく解説します。
合理的配慮とは、障がいの有無は関係なく全ての人が平等であるということを基本とし、人権と基本的な自由を当たり前に行使できるように、環境の変更や調整といった配慮をすることです。必要な配慮は全ての障がい者に一律ではなく、どのような障がいがあるのかということや、現在置かれている環境などによって異なってきます。それぞれの障がい者の特性を理解し、個々に合わせた対応をすることが必要です。
もともと合理的配慮という考えは1970年代からありました。
それが広く知られるようになったきっかけとしては、2006年の国連総会での「障害者権利条約」の採択が挙げられます。この条約では、合理的配慮を否定し受け入れないこと自体が障がいを理由とした差別行為にあたると示しています。
条約策定にあたっては、障がいのある当事者たちが「Nothing about us without us(私たちのことを私たち抜きで決めないで)」という言葉を掲げ、障がい者とその支援団体が主体となりました。障がい者は、周囲から保護され守られる受け身の存在ではなく、自分達の意思で生きる道の選択ができる存在であると訴え続けたのです。障がい者が自分の意思を主張し、障がいのない人と平等の待遇を手に入れるために声を上げたのは、とても意味のあることでした。
障害者権利条約は4年の歳月をかけて作られ、国会総会で採択された翌年の2007年に日本も署名をしました。障害者権利条約に記載されている「障害に基づく差別」を禁止し、障害を理由として起こる差別解消の推進に関する法律「障害者差別解消法」を制定、さらに「障害者雇用促進法」の改正などを進めました。
実際にどのような人が合理的配慮の対象になるのか、判断がつかない方も多いのではないでしょうか? 合理的配慮の対象者と、事業者に課せられる義務の内容について詳しく解説します。
障害者手帳の有無が対象者のボーダーラインと勘違いしてしまいそうですが、実際は手帳の有無は関係ありません。身体障がいのある方、知的障がいのある方、精神障がいのある方、その他の心や体の働きに障がいのある方で、障がいや社会の中にある障壁によって、生活に相当な制限を受けるすべての方が対象です。
心身の機能障がいにより、長期間にわたり職業生活に制限を受けている、または職業生活を営むことが困難な人も対象になります。
障害者手帳を取得するためには、いくつかの要件を満たす必要があり、障がいがある全ての人が障害者手帳を取得しているわけではありません。障害者手帳が手元にないことで、受けられる福祉サービスは限られてしまいます。
障害者差別解消法は、正式には「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」という名称で、2013年6月に制定されました。すべての国民が、障がいの有無に関わらず、お互いに人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現のため、障がいを理由とした差別の解消を推進することを目的としています。
障害者差別解消法においては、以下の2点が明示されています。
この法律における「障がい者」とは、障害者手帳を持っている方に限らず、障がいや社会の中にあるバリアによって日常生活や社会生活に相当な制限を受けているすべての大人と子どもが対象となります。
障害者差別解消法についてより詳しく知りたい方は以下の記事も併せてご覧ください。
障害者差別解消法とは?合理的配慮や罰則についても解説
障害者差別解消法により、障がい者に対しての「不当な差別的取り扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」が課されています。
不当な差別的取り扱いの禁止については、国・都道府県・市町村などの役所、お店や企業などの事業者に対する法的な禁止です。
提供しているサービスを利用する障がい者に対する「合理的配慮の提供」は、国・都道府県・市町村などの役所は義務、お店や企業などの事業者は努力義務でした。 しかし、障害者差別解消法の改正により、2024年4月からは、お店や企業などの事業主も義務となりました。
ただし、事業者の行う合理的配慮の提供義務については、事業主にとって過重な負担にならない範囲で行うものとされています。過重な負担であるかどうかは、以下の項目を総合的に考え、個別の判断が必要となります。
上記の項目に沿って総合的に判断し、求められた合理的配慮が企業にとって過重な負担である場合は、負担の軽い代替案を提示するなどして、職場と障がいのある従業員の双方の意見のすり合わせを実施することが望まれます。
合理的配慮については、障害者差別解消法のほか、障害者雇用促進法においても定められています。
障害者雇用促進法における合理的配慮の対象者は、「身体障がい、知的障がい、精神障がい、その他の心身の機能の障がいがあるため、長期にわたり職業生活に相当の制限を受け、または職業生活を営むことが著しく困難な者」とされており、障がい者手帳の有無は限定されていません。
参考:e-GOV法令検索|障害者の雇用の促進等に関する法律第一章第二条
合理的配慮について、独自の条例を制定している自治体もあります。
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を見据え、社会全体で障がい者への理解を深め、差別をなくす取組を一層推進するため、2018年10月1日に施行された条例です。障がいを理由とする差別の禁止や相談体制、障がい差別による紛争の防止や解決のための体制の整備などを定めています。事業者が行う合理的配慮について、障害者差別解消法に先駆けて義務化されました。
千葉県では新たな地域福祉像として、「誰もが、ありのままに、その人らしく地域で暮らす」を掲げました。国による障害者差別解消法の制定に先駆けて2004年に障がい者の差別を禁止する条約づくりがはじまり、当事者を含む県民から「差別にあたると思われる事例」を募集。寄せられた事例をもとに議論が始まり、事例の分析や差別・障害の定義、差別の解消に向けた具体的な取組などの検討を経て、2006年10月に県議会にて可決されました。
条例は、福祉サービスや医療、教育など、8つの分野ごとに差別を定義した先進的な内容となっており、このなかで、合理的配慮の不提供は差別にあたると示しています。これがのちに障害者差別解消法の制定の際の参考にされています。
また、さまざまな事例を集めたなかから合理的配慮の事例も例示し、不利益取り扱いが障がいを理由とするものであるか否かの判断基準にもなっています。
障がいのある方が社会のバリアを取り除くために周囲の方に求める配慮を合理的配慮と呼びますが、その配慮が「合理的」かどうかはどのように判断すれば良いのでしょうか。
まず、配慮とは、バリアを取り除くことにあります。必要以上のサポートや過剰な配慮は合理的であるとは判断できません。また、求められる合理的配慮が事業者にとって過重な負担であると判断されたものについては、その配慮の提供義務は課せられません。
つまり、障がい者本人が自立して活動するために必要な範囲の過剰でない配慮であり、かつ周囲や事業者の負担が大きすぎないものが、合理的配慮として義務化されるということです。
障がいのある方から要求のあった配慮を合理的配慮として実施することが難しい場合、事業者はその旨を、要求をした方に対して説明しなくてはなりません。その際には、相手の立場を尊重しながら、建設的対話を通じて相互理解を図り、要求をうけた配慮に代わる提案をするなど、実現可能な範囲で障がいのある方にとってのバリアを取り除く努力をする必要があります。
事業者が合理的配慮の義務を守れなかったとしても直ちに罰則が科されることはありません。
しかし、同じ民間事業者が繰り返し障がい者に対して権利利益の侵害を行い、自主的な改善が実現されない場合、対象の民間業者が行う事業の担当大臣が民間事業者に報告を求めることになります。その報告を怠ったり、報告に虚偽があったりした場合は罰則の対象です。
障がい者を雇用するうえで、合理的配慮を障がい者にとっても企業側にとっても納得がいく形で実施するためには、正しい進め方を守ることが重要です。ここでは、具体的な進め方について解説していきます。
障がい者本人にとってどのようなことが課題で働きづらさを感じているのかは、端から見て判断できないこともあります。まずは本人から、現在仕事をする上で具体的にどのような課題があるのかを申し出てもらうことから始めます。しかし実際には、障がい者自身からは相談しづらいケースも少なくはありません。その場合、企業側から従業員全員にメールで周知する、ヒアリング用の用紙を配布する、社内報に掲載するなどの方法が有効です。
配慮内容について当該障がい者と企業間で納得するまで話し合いをすることが、適切な配慮をするための近道になります。障がい者本人から十分な聞き取りができない場合は、障がい者の家族や支援者から聞き取りをするのも有効です。仕事をする上で課題になっている内容を十分に理解し、企業側として行える配慮を検討しましょう。
しっかりと話し合いをし、当該障がい者のために企業が行う配慮を決定します。この決定にあたっては、最大限障害者の意見を優先することが重要です。求められた配慮が、企業にとって負担の大きいもので実施できない場合、配慮が行えない理由を丁寧に伝え、企業側としてできる代替案を提案します。また、合理的配慮を行う前には、障がいの有無を社内の誰に伝えて良いかを本人に確認してください。人によっては、入社時に障がい者であることをオープンにしていない場合や、入社後に障がいが判明するケースもあります。事前に本人に確認することなく障がいについて他者に伝えることは、障がい者の気持ちに寄り添った対応とは言えません。
合理的配慮を行う上で怠ってはいけないのが、合理的配慮の経過モニタリングと評価です。決定した配慮を行ってもスムーズに課題が解決することばかりではありません。定期的に経過をモニタリングする必要があります。モニタリングと評価をして、行っている配慮が効果を発揮しているかを確認し、効果が得られていない場合は原因を検証します。その上で、配慮の内容の変更が必要です。
企業が障がい者を雇用し、就労させる場合に必要な合理的配慮について解説します。まず募集広告や採用面接・試験について配慮をする必要があります。就労後も、障がい者が働きやすい環境を整えるための配慮を行います。
障害者を採用する時の合理的配慮は、求人広告を出す段階から行う必要があります。また、採用試験についても障がい者が負担を感じることなく、試験に集中できる環境を整えるように配慮します。
面接時において、面接をする障がい者と面接官の意思疎通を円滑にするためには、事前にどういった特性があるかを確認することが重要です。
面接当日に、障がい者本人の特性を理解している就労支援機関の職員や家族に同席してもらうのも有効です。同席者には、障がい者本人の特性を説明してもらう、面接の受け答えの補足をするといった役割を担ってもらいます。
採用後は、障がいごとの特性をしっかりと把握し、適した業務がある場所への配属をするようにします。また、配属後にも臨機応変に合理的配慮が行えることも配属先選定において重要です。障がい者が万全のパフォーマンスを発揮し、企業で活躍できるようフォロー体制の整備が求められます。
必要となる合理的配慮は障害によって異なります。それぞれの障がいに適した合理的配慮を解説します。
身体障がいには、上肢・下肢の障害、立った状態や座った状態を保つことが難しい体幹障がい、脳病変を起因とする運動機能障がいがあります。身体に障がいを持つ方に対しては、物理的なバリアを取り除くことが重要となります。例として以下のような配慮を取り入れることが考えられます。
精神障がいは、さまざまな精神疾患が原因で起こります。そのため、それぞれ特性が異なり、個々に合わせた総合的配慮を行う必要があります。
精神障がいの方は、自分で工夫・応用して業務をすることが得意ではない、あいまいな状況が苦手といった傾向があります。採用後に業務指示をする担当者は、以下のようなことに配慮しましょう。
発達障がいで多く見受けられる自閉症の特徴としては、人とのコミュニケーションが苦手、言語による指示を理解しづらい、特定の物に対して強いこだわりを持つなどが挙げられます。ADHDに関しては、ケアレスミスが多い、時間管理が苦手、じっと座って作業するのが苦手といった特徴が目立ちます。
発達障がいの方に対しては、以下のような配慮が想定されます。
知的障がいのある方は、意志疎通が上手くいかないことがあります。面接時においては、障がい者本人の特性を理解し、面接の受け答えに補足をしてくれる就労支援機関の職員や家族に同席してもらう対応が有効です。
採用後に関しては、以下のような配慮を取り入れることが考えられます。
合理的配慮の意味や普及した背景、合理的配慮実施の進め方などをご紹介しました。
合理的配慮を行う際には、企業側が障がい者の申し出にしっかりと耳を傾け、障がい者が抱える仕事においての課題を解決するために最適な配慮をすることが大切です。
しかし、一度決定した配慮で全ての課題が解決するとは限りません。配慮をした後に、モニタリングと評価をすることも重要です。モニタリングと評価を行い、配慮の内容を変更することで、障がい者に最適な配慮をすることが可能になります。
障がいのある方もない方も共に気持ちよく働ける環境づくりを意識して合理的配慮をしていくことが大切です。