障がい者雇用を推し進める企業の担当者のなかには、発達障がい者の雇用を検討している方もいらっしゃるでしょう。
発達障がいにはさまざまな特性があるため、雇用に難しさを感じる企業も多く存在します。しかし、環境を整えたり、適切な配慮をしたりすることで、その障がい特性を上手に活かすことも可能です。
今回は、発達障がい者の雇用状況と企業側の雇用メリット、課題などについて解説します。
発達障がいとは、脳機能の発達に関する障がいです。発達障がいは先天性ですが、区分としては精神障がいに含まれます。障がいの程度や種類は人それぞれですが、障がいがあることにより、学習面や社会生活において困りごとを抱えるケースが多くあります。
発達障がいは、幼少期に適切な療育や支援を受けることで生きにくさを軽減できることも報告されております。一方、近年では、発達障がいであることに本人も周囲も気付かずに成年期を迎え、仕事や日常生活での困りごとが顕著になることで発達障がいが判明するというパターンも増加しています。
発達障がいにはさまざまな種類がありますが、ここでは、代表的な発達障がいの特性を3つご紹介します。
ASDの特性には、コミュニケーション能力の低さ、偏狭な興味関心などがあげられます。
ASDの方は相手の表情や場の空気などを読み取ることが苦手で、結果としてコミュニケーションがうまくいかない、集団生活に馴染めないなどの特性が現れます。また、好きなことに没頭すると周りが見えなくなり、自分のこだわりがさえぎられると大きな不安感を抱き、仕事や日常生活に支障をきたす場合があります。
人によっては、大きな音や光などに対する感覚が鋭い感覚過敏の特性がある場合もあり、ざわざわした場所やオフィスの光などがストレスとなり、就労が難しい方もいます。
また、二次障がいとして、自己評価の低さやストレスなどから、うつ病、パニック障がいなどを発症する場合もあります。
注意欠陥・多動性障がい(ADHD)の代表的な特性は、その名の通り多動性です。集中力が極端に低い、多弁、衝動的に行動してしまうなどの特徴があります。
仕事上では、順序だてて物事を考えることが苦手なため、複数のタスクをこなすことが難しい、大事な予定などを忘れてしまう、などといった困難さを抱えることが考えられます。また、集中力が極端に低いため、ケアレスミスが多い傾向もあります。衝動性が大きいと、すぐにカッとなってしまったり、考えずに行動して失敗してしまったりする場合もあります。
さらに、ASDと同様、社会生活に適合しにくいことへのストレスや自己評価の低さから、うつ病やパニック障がいなどの二次障がいに繋がる場合もあります。ADHDは投薬によってその特性の緩和も期待できますが、あくまで障がい特性であるため、根治を期待するものではありません。
学習障がいは、読む・書く・聞く・計算するなどの特定の学習において困難が生じる障がいです。読み書きに関する学習障がいは、「識字障がい(ディスレクシア)」とも呼ばれます。知的障がいはなく、知的指数は低くはありません。
ASDやADHDに比べてわかりにくい障がいで、ただの苦手や努力不足とみなされ、障がいとして認識されないまま大人になっている方も多くいます。しかし、実際は脳機能の障がいであるため、努力で解決できるものではありません。
読み書きが困難な場合にはボイスレコーダーや文書読み上げ機能を活用する、計算が困難な場合には計算機を活用するなど、それぞれの特性に合わせて対策をとることで、困りごとを減らすことが可能です。
発達障がい者は、多様な特性により日常生活や仕事などで困難を抱えるケースが多くあります。しかし、特性を理解し、周囲の配慮を得ることで、能力を十分に発揮することも可能です。実際、さまざまな配慮を受けながら働いている発達障がいの方も多くいます。
ここでは、厚生労働省の令和5年度障害者雇用実態調査の結果をもとに、発達障がい者雇用の現状について解説します。なお、障がい者雇用における発達障がい者とは、「精神科医による発達障がいの診断を受けている者」を指します。
令和5年度障害者雇用実態調査に回答した事業所6,406社で雇用されている発達障がい者数は、1,583人でした。これをもとに、日本全体で雇用されている発達障がい者数を推計すると、約91,000人という結果になります。
就労中の発達障がい者を雇用形態別にみると、36.6%の方が正社員として働いています。正社員以外では、無期契約が23.8%、有期契約が37.2%です。約3人に1人が正社員として雇用されており、半数以上が無期契約で雇用されていることがわかります。
また、所定労働時間別にみると、週30時間以上働いている方が60.7%ともっとも多い割合です。次いで、20時間以上30時間未満働いている方が30.0%となっています。多くの方が1日4時間以上働き、半数以上の方がフルタイムに近い働き方をしていることがわかります。
平成27年度から28年度にかけて障害者職業総合センターが実施した調査の結果によると、就職1年後の発達障がい者の定着率は71.5%です。知的障がい者(68.0%)、精神障がい者(49.3%)、身体障がい者(60.8%)と比較すると、もっとも高い定着率となっています。
障がい者が就職するには、「障がい者求人」で就職する方法に加え、「一般求人で障がい開示」「一般求人で障がい非開示」の3パターンがありますが、発達障がい者の約80%の方は障がい者求人で就職しています。ほかの障害種別では、知的障がい者も発達障がい者とほぼ同程度の約80%が障がい者求人で就職、身体障がい者と精神障がい者は約50%が障がい者求人で就職しています。
このことから、障がい者求人で就職し周囲の理解や配慮を受けることで、しっかりと職場に定着できる傾向にあることがわかります。
発達障がい者の平均給与について、週所定労働時間別にみた結果を表にまとめました。
週所定労働時間 | 月あたり平均賃金 |
---|---|
30時間以上 | 15万5,000円 |
20時間以上30時間未満 | 10万7,000円 |
10時間以上20時間未満 | 6万6,000円 |
10時間未満 | 2万1,000円 |
発達障がい者全体 | 13万円 |
賃金の支払形態としては、一番多いのが月給制(52.3%)で、次いで時給制(44.2%)、日給制(1.1%)と続きます。
発達障がい者の平均勤続年数は5年1ヵ月です。身体障がい者は12年2ヵ月、知的障がい者は9年1ヵ月、精神障がい者は5年3ヵ月となっており、発達障がい者の勤続年数は短い傾向にあることがわかります。
ただし、これはあくまで平均値であり、同じ職場で長く働いてキャリアを積んでいる発達障がい者も多くいます。
令和5年度に日本学生支援機構が行った調査によると、大学・短期大学および高等専門学校に在籍する発達障がいのある学生は1万1,706名で、精神障がい、病弱・虚弱に次いで3番目に多い結果となっています。
発達障がいのある学生数の直近10年の推移は以下のとおりです。
※独立行政法人日本学生支援機構による大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書をもとに独自に作成
発達障がいをもつ学生は大きく増加傾向にあり、平成25年度と令和5年度の調査を比較すると、約8倍に達していることがわかります。これにはさまざまな要因が考えられますが、発達障がいの認知度の向上により診断による障がいの確定診断が増加したことも原因の一つと考えられます。
これを受け、多くの学校が発達障がい学生への支援に取り組み始めています。配慮依頼文書の配布や課題の提出期限延長などの措置、出席や講義に関する配慮などです。専門家によるカウンセリングや医療機関との連携、居場所の確保などを行っている学校もあります。
進学し高等教育を受けている発達障がい者も多く、学校や周囲の配慮をしっかりと受け、学業に取り組める環境を整えることで、専門知識や技術を習得して社会で活躍することが期待できます。
参照:独立行政法人日本学生支援機構|令和 5 年度(2023 年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書
発達障がい者にはそれぞれの特性がありますが、その特性を把握し、うまく仕事につなげることで、職務上の強みにすることができます。
特定の物事への強い興味や関心がある方は、自分が好きなことに関しては飽きることなく没頭し、細部までこだわることができるため、専門職や技術職に向いています。反復力や集中力が高い方は、同じ作業の繰り返しも苦にならず、黙々と仕事をこなしてくれる場合があります。
このように、発達障がい者を雇用することのメリットはたくさんあり、そのメリットを最大限に引き出すためには、個々の特性の理解と、それに合った業務を提供することが重要となります。
ご紹介したように、発達障がい者を雇用することには大きなメリットがありますが、課題を抱えている企業が多いのも実情です。ここでは、発達障がい者雇用における課題を大きく2つご紹介します。
発達障がい者を雇用するにあたり、企業が第一に求められることは、発達障がい者の特性への把握・理解です。先に説明したとおり、ひと口に発達障がいといっても、その特性は人それぞれで、個人差があります。ASDであれば「何にこだわるのか」、ADHDであれば「どのような状況で衝動性がでやすいか」などは千差万別です。
それらを理解するためには、雇用する発達障がい者と面談するなどしてコミュニケーションを深めていく必要がありますが、今まで障がい者と関わったことのない企業担当者の方にとっては戸惑うこともあるかもしれません。
また、合理的な配慮を行うためには、障がい特性とそれに求められる配慮を会社全体で理解する必要があります。社員にその理解を浸透させられるかどうかも、企業が抱える課題の一つです。
障がい特性を踏まえたうえでどのような業務を切り出すか、その判断は、会社全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。例えば、障がい当事者にとって、不得意とする業務をお願いしてしまうと、他の業務にまで悪影響がでたり、障がい者本人のストレスが高まってしまったりすることが考えられます。逆に、個人の特性を生かした業務をお願いすることができれば、より円滑に業務が進んでいくことが期待できます。
業務以外においても配慮が必要な場合があります。例えば、感覚過敏をもつ方にとっては蛍光灯の明るさやオフィスの環境がストレスになる場合もあり、企業はその方が働きやすい環境を整える必要があります。壁の掲示物が目に入ることで業務に集中できないという例もあり、個々人に応じた対応が求められます。
最後に、発達障がい者の雇用に不安を抱えている企業の担当者の方に向けて、発達障がい者を雇用する際のポイントをご紹介します。次の2つのポイントを押さえることで、発達障がい者の雇用を有意義なものにできる可能性が高まるでしょう。
発達障がい者のなかには、順序だてて物事を考えることや複数のタスクをこなすことが難しい方もいらっしゃいます。そういった場合は、業務内容や進め方をマニュアル化することで業務をサポートすることができます。あらかじめマニュアルがあることが安心感につながり、「今何をすべきなのか」「次に何をするのか」など、業務の流れをとらえやすくなるためです。識字障がいをもつ障がい者に対しては、音声マニュアルを作るなどの工夫をしましょう。
マニュアルを作ることは、企業にとってもメリットがあります。マニュアルは、障がい者だけでなく一般の社員にとっても重宝される、いわば会社の財産となるでしょう。また、マニュアル作成にあたって業務を洗い出すと、既存業務の見直しができ、効率化につながる可能性があります。
コミュニケーションを密にとることは、障がいの理解のために必要不可欠なことです。積極的なコミュニケーションは、障がいの理解にとどまらず、頼関係の構築などにもつながります。日頃のコミュニケーションを大切にし、定期面談も設けましょう。
発達障がい者のなかには、体調の変化が大きい方もいます。日頃からコミュニケーションをとることで小さな変化を見逃す恐れが減り、適切なフォローや配慮ができるようになるでしょう。
発達障がい者はそれぞれに障がい特性を抱えており、人間関係や社会生活で感じる困難さも人それぞれです。その方の障がい特性を職場全体で理解し、その方にとって過度な負担にならない業務をお任せするなどすれば、プロフェッショナルな存在に成長してくれるかもしれません。ルールに忠実で真面目な方が多いため、適切な配慮をすることで会社に大きく貢献する社員になってくれる可能性もあるでしょう。
企業の担当者の方には障がい特性の理解や密なコミュニケーションが求められます。しかし、企業だけでは対応が難しいと感じる場合には、ハローワークなど公的機関のサポートや、障がい者雇用支援サービスなどを活用することで、企業の負担を減らすことが可能です。さまざまな工夫をしながら、障がい者雇用をより有意義なものにしていきましょう。
発達障がい者だけでなく、知的障がい者や精神障がい者の障がい者雇用状況について詳しくは下記をご覧ください。
「精神障がい者雇用の現状とは?課題や雇用する際に配慮すべきポイントを解説」
「知的障がい者の雇用状況や向いている仕事とは?雇用の際のポイントも解説」