障害者雇用を行うときには、雇用する企業側も不安を感じることがありますが、障害者として雇用される当事者の方からも、実は働くことに対して不安を感じていることが多くあります。どのような不安をもつことが多いのかをみていきましょう。
障害のある当事者の方から聞かれる悩みごとの一つに、「職場での配慮がない」ことが挙げられます。
さらに障害者の方から話を聞くと、「障害者雇用の実績がある会社や職場なので、障害者に対する理解があると思っていたのに、実際にはそうでなかった」という答えをよく聞きます。
配慮がないと感じている理由は、個人や職場によって異なりますが、それが原因で職場に居場所がない、職場にいること自体がつらいと感じさせてしまうことは少なくありません。
また、職場において「障害に関する情報が共有されていない」という声もよく聞かれます。
例えば、ある障害者の方は電話対応が苦手で、入社時に配慮してほしいことの一つとして電話対応は免除してもらっていたそうですが、そのことを理解していたのは、人事部と配属部門の上司だけでした。そのため上司がいないときには、他の同僚から電話に出るようにといわれ、つらい思いをしたことがあったそうです。
このように、人事部門や上司など、一部の人が理解しているものの、現場が理解していなかったり、上司は理解していても、同僚が理解していなかったりすると、障害者従業員は、その対応がストレスになったり、不安に感じてしまうことがあります。
2017年に厚生労働省が集計した障害種類別の障害者定着率のデータによると、就職から1年後の職場定着率は、高い方から発達障害者(71.5%)、知的障害者(68.0%)、身体障害者(60.8%)、精神障害者(49.3%)となっており、一番定着率が低い精神障害者は約半数が離職しています。
また、同年の日本全体の正社員の職場定着率は88.4%(離職率11.6%)となっており、これと比較すると、障害者雇用の定着率は低い傾向にあることがわかります。
障害者雇用は国を挙げて推進されていますが、職場定着率を高めていくことは、障害者雇用における大きな課題となっています。
厚生労働省が退職した障害者に質問を行った結果、障害者が退職してしまう個人的理由として多いのは以下のようなものでした。
障害種類別で見ると、精神障害者では、「疲れやすく体力・意欲が続かない」「症状の悪化」「適応できない」などの理由が多くなっています。一方、身体障害者は、「障害のため働けなくなった」や「通勤が困難」など、物理的な課題もあるようです。
また、長く働くために必要なこととして、「調子が悪いときに休みを取りやすくすること」「支援者の配置」「労働時間への配慮」「移動への配慮」などへの改善があれば仕事を続けやすくなるとの意見がありました。
障害者の職場定着のためには、同じ職場で働く周囲の人たちの障害への理解や、適切な制度設計、配慮・サポートが必要なことがわかります。
企業は障害者を雇用するときに、合理的配慮を果たす義務が求められています。この合理的配慮とは、障害の有無に関わらず、働く機会や待遇を平等に提供することが必要で、もし支障となっていることがあるならば、それらを改善、調整する必要があることを意味します。
合理的配慮を考える上で大切な点は、障害者の求める配慮は、障害者個人の障害内容や考え方、また、働く職場の環境や人によって異なるという点です。たとえ、同じ障害種別や病名、同じ障害者手帳の等級であったとしても、一人ひとりの特性や職場の状況は異なりますし、本人がどの程度の配慮を必要と考え、希望するのかは、個々人によって大きく違うのです。
そのため職場でどのような配慮が必要かについては、障害者と職場で関わる人たちが、よくコミュニケーションをとって、その求める合理的配慮がどのようなものかを、お互いに理解しておくことが大切です。
もちろん事業主は、障害者の求めに応じて、全てを配慮ができるわけではないでしょう。また、それをおこなう必要もありません。合理的配慮には、事業主が過重な負担となる場合は除外されることになっているからです。
どの程度が過度な負担にあたるのかは、企業によって異なります。ただ、企業で過重な負担と判断した場合であっても、対応することは難しいからとそのままにしておくのではなく、対応できないのであれば、なぜ対応することが難しいのかを説明する必要はあります。
障害者を雇用するときに、現場からあがる意見として多いのは、「担当者への負担が多くなり、通常業務に影響がでてしまうので困る」という意見です。
確かに、障害者を職場に受け入れるためには、業務の整備を行ったり、実習の受け入れをしたり、マニュアルを作成したり、実際に業務を教えたり・・・と、いつも以上に時間がかかるものです。
しかし、これは、障害者だから特別に必要というわけではありません。障害の有無に関係なく、新しいメンバーが職場に増えたときには、業務を教えたりすることは必要になります。ただ、理解しておきたいのは、障害者の場合には、それよりも準備や仕事に慣れるまでに時間がかかることが多いということです。それらを考慮して、障害者雇用を受け入れる体制を整えていく必要があります。
職場によっては、担当者に任せっきりにするところもありますが、担当者が一人で対応していると、担当者自身が疲弊してしまったり、それが原因で、担当者も障害者も共倒れしてしまうケースもみられます。
障害者を雇用して起こる職場のトラブル、どのようなことがあるのかについて、事例からみていきましょう。
企業実習や就職当初は、業務もスムーズにできており、全く問題がなく、むしろ周囲からの評価も高いこともあるのですが、しばらくすると就業が不安定になることがあります。このような状況は、精神障害の方を雇用するときに時々みられるケースです。
原因は、周囲からの期待に応えよう、仕事で認められたいという思いが強く、ついつい頑張りすぎて、本人の限界以上に仕事をしてしまうことです。「期待に応える」「仕事で認めらたい」という気持ちは、誰でも持っているもので、それ自体は仕事に対するモチベーションとしてはよいことです。
しかし、体調を崩すまで頑張ってしまうことは、安定的に働くことにはつながりにくいものです。人間は限界を超えたままで、何かをし続けることは難しく、それが体調や態度に表れてしまいます。遅刻や早退、無断欠勤が増えたり、仕事中に居眠りしたりすることがみられるときには、早めに対応しましょう。
発達障害の方の中には、相手の気持ちを汲み取ったり、それに合わせた言動を取ることが難しいことがあります。特に、社会性の部分で苦手さがある人は、暗黙の了解や社会的なルール、マナーが苦手な場合があります。
そのため自分と相手の立場や区別がつかないで、上司に友達のように話しかけたり、初対面の人に体が接するほど近づいて話しかけたりするなど、一般的に考えると職場の言動としてはふさわしくない言動をしてしまう方もいます。
また、一方で、決まりや規則を守ることへのこだわりが強く、自分自身に対してだけでなく、他の人に対しても、例外を認めないような強い言い方や頑固さを示すことがあります。
このような特性が、職場で強く出ると、一緒に働いている上司や同僚とのコミュニケーションに関するトラブルが多発することが多くあります。
仕事を円滑に進める上で、必要な情報を取り入れやすいかどうかは、とても重要なことです。障害への配慮が適切に行われていないと、仕事や職場の人間関係に必要なコミュニケーションを図ることができず、仕事にも影響を及ぼしてしまいがちです。
ある企業では、聴覚障害者の方が働いていました。はじめは何かを伝えるときにコミュニケーションボードを活用したり、会議には手話通訳者が入ったりと、手厚くサポートがされていました。
しかし、段々と慣れてくるにしたがって、社内の雰囲気は、わからなかったら自分から聞いてほしいという雰囲気になってきました。結局、この方は、働き続けることが難しくなり、退職してしまいました。
ある程度の期間、業経経験ができてくると、業務自体は任せられることが増えてくるでしょう。しかし、障害配慮で必要なことは、業務経験や職歴が長くなったからといっていらなくなるものではありません。職場で仕事をする上で必要な配慮を見極め、それを配慮し続けることも重要なことです。
仕事をうまく進めるためには、いくつかの仕事やタスクの締め切りや順番などを考えて、スケジュールを組み立てて、それに合わせて仕事をする必要があります。障害者枠で働く人の中には、一度にたくさんの仕事や、指示があると、それらをどのように対処してよいのかが、わからなくなってしまうことがあります。
自分でわからなければ、周囲の人に聞けばよいのではないかと思われるかもしれません。しかし、周りの人たちが忙しそうで聞きづらいことがあります。また、たとえ誰かに相談したとしても、答える人によってそれぞれ回答が異なっていて、結局どのように仕事をすればよいのかがわからなかったという場合もあります。
はじめて仕事を行う人でもわかりやすい仕組みになっているのか、また、仕事について質問や相談する担当者を決めておくことによって、このようなトラブルは避けやすくなります。
障害者雇用で働く従業員に対しては、その人自身の障害の特性や困難さを踏まえたうえで仕事の出来を評価する必要があり、難しいと感じる会社は多いようです。
会社としてはあらゆる配慮をしたうえでの評価だとしても、本人側から見れば不十分、不本意と感じることもあるでしょう。実際、障害者の離職理由の上位には、賃金・労働条件に対する不満が挙げられています。
「障害がある」ということを理由にその人の能力を低く見ることはいけません。たとえ障害があっても、その人自身の能力をいかに仕事に活かせるかを適切に判断し、能力に応じた評価をすることが重要です。
また、そもそもの労働条件が障害の特性に合っていないケースもあります。自分の能力を発揮できない仕事内容や労働時間となってしまっていると、「自分はもっとできるはずなのに」という不満にもつながります。その人が能力を最も発揮できる仕事に就くことができれば、適切な評価が可能となり、障害者本人もやりがいをもって働けるでしょう。
障害者雇用でのトラブルを防ぐためには、いくつかのポイントがあります。それらをみていきましょう。
トラブルを防ぐためには、日々のコミュニケーションが大切です。障害者雇用に取り組んでいる職場では、多くの場合、面談などを定期的に実施しています。
言葉では、「大丈夫です」「問題ありません」といっていても、その言葉と本人が思っていること、そして、それを受け止める企業側が感じていることが、同じことを意味していないことが、障害者雇用の現場では時々起こります。また、反対に、問題解決できたと思っていても、本人の表現がそうなっていないことも、時にはあります。
ある職場では、障害者本人から質問があったので、話し合いを行い、それで解決できたと思っていました。しかし、本人の日誌には、「困っている」という内容が書かれており、再度、困っている内容や、面談でどのような話し合いをして解決したかを確認しました。
担当者として説明したとしても、本人には伝わっていなかった、また、こちらが伝えたニュアンスで伝わっていなかったという場合は少なくありません。このようなコミュニケーションの差異を減らすためにも、日々のコミュニケーションは大切です。
障害者が悩んでいる時、不安を感じている時には、原因が何なのか、なぜそのように感じているのかを確認することが大切です。
企業側がよかれと思って対応しても、障害者本人の意見を本当に引き出せていないのであれば、その原因を解消することはできませんし、障害者の言い分だけを聞いて対応するだけでも、不十分なことが多くあります。
そのため本当に悩んでいる問題の原因を探り、共通認識をもって対処することが大切です。必要な情報や配慮が提供されているか、業務の内容は適正か、コミュニケーションや人間関係に問題はないかなどに、注意を払いましょう。
障害者雇用は、特定の部門や個人が担うには、負担が大きいことがあります。一時的であれば、担当している部門や担当者が頑張ることもできるかもしれませんが、それがうまくいかないと、結果として継続雇用が難しくなってしまいます。
そうならないために、障害者雇用の支援として、支援機関や助成金などが準備されています。特に、はじめての障害者雇用や、精神・発達障害を受け入れるときには、課題を共有、相談できるところがあれば安心できるでしょう。地域障害者職業センターや就労移行支援事業所などと連携をとることができるかもしれません。
また、職場では、個人的な問題や課題には、対応しきれないこともあります。職場以外の問題に関して、例えば、一人暮らしや家族関係、金銭的な問題については、障害者就業・生活支援センターなどを活用することもできます。
障害者雇用でのトラブルについてみてきました。
障害によって必要とされる配慮は、同じ障害種別や病名、同じ障害者手帳の等級であったとしても、一人ひとりの特性や職場の状況によって異なるものです。どのような配慮が必要とされるのかを知るために、障害者当事者と企業側のコミュニケーションを図ることは、とても大切になってきます。
そのために、日々のコミュニケーションや面談で状態を把握すること、不安点について対処すること、支援機関と連携をとることなどを意識するようにしてください。