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【事例紹介】野菜と人とのふれ合いが導き開く 障がい者の心と充実した明日

ハッピーストーリー

「パナソニックエイジフリーファーム」で日々生き生きと働く黒川元晴さんは、1977(昭和52)年生まれの現在43歳。出生時に聴覚や心臓など、身体機能不全が確認され、成長は難しいと診断されていました。幸い無事に成人がかないましたが、聴覚障がいと知的障がいがあり療育A身体2級の障害者手帳を取得し生活しています。通常黒川さんとの意思疎通は、簡単な手話、指文字、呼びかけによって行われていますが、コミュニケーションは決して簡単ではありません。そんな彼が農園で立派に働けるようになった経緯や成長の軌跡、そして将来への目標を、ご本人、長年二人三脚で歩んで来た黒川さんのお母様、職場の仲間である農園スタッフの皆さん、雇用主であるパナソニックエイジフリーの前田壮一様にお聞きしました。

家族、企業、農園が三位一体で支える障がい者の働く喜び

「体重が8キロを超えると命にかかわります。医師の言葉に目の前が真っ暗に」(お母様)

出産後の検診で、聴覚や心臓などに障がいが発見されました。体重が8キロを超えて生きるのは厳しいと告げられ、目の前が真っ暗になりました。しかし幸いなことに、体重が増加しても命に別状はなく、2歳を過ぎた頃には医師から「もう大丈夫ですよ」とありがたい言葉をいただきました。危機を乗り越えてくれた息子に感謝しつつ、いつ何が起こるかわからない不安を抱えての生活が始まりました。その後43歳の今に至るまで、健康体で育ってくれたものの、障がいは残り聴覚障がい、療育A身体2級の障がい者手帳を取得しています。

2歳の頃から言葉の訓練を開始し、その後聾学校に進学。心臓の疾患は完治していたので、運動能力に不安はありませんでした。学生時代にボーイスカウト活動、スキー、登山などアクティブな生活を送りました。親子での交流も活発にあり、境遇が似ているだけに、自然とみんなで支え合いながら家族ぐるみのお付き合いも生まれました。自閉傾向が強い子でしたが、少しずつ社交性が芽生え、催しにも喜んで参加するようになりました。聾学校の中学高校課程では産業工芸を専行、好きなモノ作りに取り組みました。椅子、本立て、たんすなど、家に持ち帰った作品は今も大切に使用しています。

「20歳で社会に出たものの、ひどいイジメにあい心に深い傷を負いました」(お母様)

卒業の年齢に達しましたが、残念ながら縁に恵まれずなかなか就職は適いません。ようやく塗装店に就職が決まったときには、20歳になっていました。ところが、その会社がまもなく倒産し、次に勤めた会社では、深刻なイジメ被害にあってしまうのです。知的障がいのある方が多く働いていたのでここでなら...と期待をしたのですが、唯一の聴覚障がい者である点がイジメの対象になってしまいました。

就職して1年半が経過した頃、親と顔を合わせなくなりました。生気もありません。不審を感じて会社に確認したところ、イジメの存在を知らされたのです。単純なイジメ、お金を盗まれるなどの被害がありましたが、特に肌身離さず所有していた父の形見の紛失が、本人にはショックだったようです。家から出かけても、出勤していない日があることも判明しました。

会社は退職しましたが、次の就職先は探しませんでした。今の状態で再び勤めても二の舞になるだけ。そうしたら、この子の心はもう耐えられないだろう。一生自宅で殻にこもって過ごすことになってしまう。しかし私が面倒を見られる今はいいが、先に逝った後、この子はどうなってしまうのか。息子の命は、ご近所様や友人知人に支えてもらうしかないと思いました。とにかく少しでも社会との接点を保てるよう、すがるような思いで地域の家庭菜園や山登りに二人で参加する生活が始まりました。外に出ることで交流が生まれ、何かのときに助けていただければ。畑や山では多くの高齢者の方にお声掛けいただき、親子そろって救われたものです。母親自身も救いを求めていたのでしょうね。気づけばいつの間にか、20年近くの時間が経過していました。

「市役所からの一通のお知らせが、親子の運命を変えました」(お母様)

ある日市役所から一通の封書が届きました。農園活用で障がいのある方の就職を支援する会社が、体験セミナーを開催するので参加してみませんか、という内容でした。今にして思えば、自治体と連携したエスプールプラス社の催しですから、即座に挑戦すればよかったのですが、正直当時は疑心暗鬼な気持ちもありました。詐欺かもしれないと(笑)。また参加しても、コミュニケーションが上手く取れないだけに、集団作業で何かあったときには反撃も逃避もままなりません。不安が先に立ち期待も抱けませんでしたが、畑仕事は好きでしたので、とにかく挑戦だけでもしてみようかと。まさかこの体験が、息子の人生を劇的に好転させるとは、あの頃はまったく予期していませんでした。

体験実習から帰宅した息子の表情は、驚くほど生き生きしていました。聞くと「土をこうやって、ああやって」など、身振り手振りで嬉しそうに一日の報告をしてくれます。残念ながらその1回目の体験実習は就職には結びつきませんでしたが、明らかにガッカリした様子に驚きました。感情をここまで表に出した息子を見たのは久しぶりだったからです。しばらくして2回目、3回目のお誘いをいただきました。「行ってみる?」「行く!!」。社会に出たい気持ちが、ひしひしと伝わって来ました。農園でならこの子の人生は輝けるかもしれない...縁を感じました。そして3回目の体験実習に挑戦した後、「パナソニックエイジフリー」様の面接にチャレンジし合格、エイジフリーファームへの就職が叶ったのです。

「農園で突然追いかけっこを始めた黒川さんに、最初は途方に暮れました」(エスプールプラス社 就労サポーター・近田)

とにかく強烈な出会いでした。聴覚障がいと知的障がいの重複のため、黒川さんとのコミュニケーションに最初は苦労しました。当時のファーム建設予定地に体験生みんなで見学に行ったところ、黒川さんは到着したとたんに走り出し、現場が鬼ごっこ状態になってしまいました。再体験でも、報告なしにいきなりどこかに行ってしまい、何度も農園中を探し歩いたものです。また水への好奇心が大変強く、顔や髪の毛を濡らした状態で戻ってくる。一体どこで何をしてきたのか。黒川さんとの意思疎通は簡単ではありませんでしたが、一方で挨拶はしっかりと出来ますし、人懐っこいキャラが愛されていました。そして体験実習を重ねる度に報告の大切さも理解し、指文字での会話や、詳しい意思疎通はお母さんを介して行えるようになるなど、本人の成長には誰もが目を見張りました。


「エイジフリーファームの障がい者に対する深い理解に感謝」(エスプールプラス社 就労サポーター・近田)

そんな折、「パナソニックエイジフリーファーム」様から求人の依頼がありました。早速本人の様子を人事担当者の前田様に伝え相談したところ、「聾の人とはプライベートでも付き合いがあります。いい人が多いですよね。心でわかるから。是非面接させて下さい」と大変ありがたいお言葉をいただきました。前田様は、多くの聴覚障がい者の友人を持ち、手話もこなせる方です。「聾の方はね、心が優しいのです。話せなくても、心は通じますから大丈夫!」と温かい面接を実施していただきました。そして無事に内定をいただき、私もとても嬉しく思いました!

「素晴らしい農場長とチームメートに導かれた新しい人生」(パナソニックエイジフリー社 前田壮一様)

個人的に聾唖者の友人が多かったので、黒川さんの状況を聞いたときも不安はなく、むしろ早くお会いしたいと思いました。ただし療育A身体2級の方ですから、コミュニケーションには苦労するだろうと予測はしました。しかし面接で会ったとたん、とにかく心がきれいな方だと一目で分かりました。意思疎通の手段さえ確立できれば、ファームで新しい人生を踏み出せるだろうと感じました。

しかし私は業務上、ファームには週に1回顔を出すのがやっとです。本社の人間を前にしたときと現場スタッフに対してでは、素振りがガラリと変わるケースもあります。それだけに、毎日彼と仕事をする農場長やチームメート、エスプールプラス社のサポートスタッフといかに信頼関係を築くかが課題でした。早速イラストの報告カードを作成するなど、受け入れ態勢を整えましたが、何より現場の皆さんが心から彼を歓迎してくれたことが、黒川さんがファームになじめた最大の要因だと考えています。特に農場長の吉田さんには感謝しています。吉田さんの心配り、包容力が黒川さんの緊張を少しずつほぐしてくれました。彼らは人の心を見抜けます。いくら表面を取り繕っても、偏見を持つ者を敏感に見分けます。それだけに我々の気持ちを受け入れてくれたと感じたとき、彼は大丈夫だと100%確信したのです。

「聴こえなくても、話せなくても、人の心は通じ合える」(エイジフリーファーム 農場長・吉田様)

黒川さんの一日は、野菜への水やりから始まります。エイジフリーファームが運営する全6レーンの給水責任者です。作業はじょうろで行いますが、畑と水道の蛇口を何回も往復する、根気を必要とする作業です。1レーンは30mほどありますので、体力的にも大変です。また野菜の収穫にも熱心に取り組んでいます。お気に入りのはさみを上手に操った丁寧な収穫作業には、いつも感心させられます。私も並んで収穫するのですが、黒川さんのように几帳面な作業はできません。私の下手さが目に余ったときなどは、背中をバンと叩かれて「それじゃダメ!」とばかりに、すっかりきれいに刈り取って見本を示してくれるのです。私の先生のようなものですね。もっとも作業に飽きると、どこかに行ってしまうのですが(笑)。

黒川さんの第一印象は、くしくも前田さんとまったく同じ。会った瞬間に「心がきれいな人だな」と感じました。初対面の折は、彼の障がいの程度や辛い過去を聞いてはいませんでしたが、気遣いに長けていて、どんなときでも仲間を前に出そうとする行動に感じるところがありました。少し大変なケースかもしれないと事前に情報が入っていましたが、彼との付き合いで、これまで苦労を感じたことは一回もありません。

「何かを怖がっている?」「私のことが嫌いなのか?」。入社当初は、黒川さんが見せた遠慮深い姿勢にどう接しようか悩みましたが、とにかく声掛けに徹しました。手話や指文字ではなく、ひたすら語りかけることでコミュニケーションを図ったのです。一日中そばにいて、うるさいなと思われるくらいしゃべりかけました。いつの間にかファーム内で黒川さんと私はペアと見られるようになり、多くの農園スタッフから「あそこにいたよ」「少し元気がなさそう」などの貴重な情報が寄せられるようになり、即座にコミュニケーションに活用しました。こうして少しずつ、黒川さんの表情が豊かになっていったのです。

今でも時々、黒川さんの耳は聴こえているのでは、と感じる瞬間があります。もちろんそんなことはないのですが、ここという時に私を振り向いたりする。以心伝心でしょうか。たとえ聴こえなくても、話せなくても、障がいとは関係なく心は通じ合えます。これからも黒川さんには、毎日うるさがられるくらい話しかけよう、そう思っています。

「懐かしい先生との再会が、黒川さんをより成長へと導きました」(エスプールプラス社 雇用継続アドバイザー・西角)

黒川さんは水への執着心が強く、トイレから出た後に周辺が水浸しになるケースが頻出しました。潔癖症の傾向が見られ、その都度手洗いの水で個室全体を洗い流しているようでした。支障を来たしたため、聾学校の先生方に相談したのですが、先ず重度の障がいのある方が立派に働いていることに驚かれ、ファーム見学を兼ねたミーティングが実現しました。また先生のお一人が、黒川さんの恩師だったことが判明! 先生は対応法や勉強方を徹底的に調べてくださり、農園やお母様との情報共有が叶いました。

黒川さんと先生の再会は、それは感動的なものでした。2人はすぐに口話でコミュニケーションを開始、思い出話に花が咲いたようでした。お母様もその後日報を開始され、この日以降、黒川さんの成長を支える家族、企業、農園の輪はより強固なものになりました。

「自我が芽生えだした黒川さんに、こちらが寂しさを感じる瞬間も」(エイジフリーファーム 農場長・吉田様)

入社して約2年が経過しましたが、最近黒川さんの心に自我が芽生え出したようです。日毎表情が豊かになってきています。時には僕だって一人になりたい、そんな意思が感じられるようになったのは嬉しいことですが、ペアを組む身としては少し寂しくもありますね(笑)。でもこれから友だちが増えたり、黒川さんに声をかけたい仲間がいても、私が横にいたら話しづらいだろうと思うと、たまには少し距離を置いたほうがいいのかな、と考えるようになりました。黒川さんは、少しずつですが確実に成長しています。

「これからも家族のように一緒に楽しく働きたい」(エスプールプラス社 就労サポーター・近田)

一日の終わりに作業報告や感想を書くノートには、スペースをはみ出す勢いで黒川さんのその日の感動や興奮が記録されています。お約束の感想は「楽しい」「楽しかった」。今日は何が楽しかったのかを、彼は一生懸命私たちスタッフに伝えてくれます。ファームでは黒川さんは癒しキャラとして通っていますが、喜色満面の表情で本日の仕事振りを説明してくれる彼を見ていると、それも当然と納得です。これからも、家族のようにお互い素の自分を見せ合いながら、一緒に長く働きたいと願っています。

「働く場を提供してくださった皆様に心から感謝」(お母様)

ひょうたんから駒が出た想いです。あの息子が生き生きと働ける場に出会えるとは、正直期待していませんでした。神様と、ご縁をいただいたパナソニックエイジフリー社、エスプールプラス社に心から感謝を申し上げます。息子は今日も喜んでファームに通っています。これからも、ずっと勤めてもらいたい。受け入れていただきたい。親としての最後の望みです。最近の親子にとって、一番の楽しみはお給料日です。給料袋を先ずは仏壇に上げてお父さんに報告、翌日一緒に記帳します。毎月少しずつ増える通帳の数字を指差し数えるのが、親子のささやかな楽しみになっています。

いずれ先に逝く親として、最近よく考えます。あの時家にこもることをせず、勇気を出して社会に接して本当によかったと。迷惑をかけてはいけない、叱られるのが怖い、こもる理由はいくらでもありました。しかし親亡き後に本人が社会に助けていただくためにも、ご縁を紡ぐ努力を続けて本当に良かったと、今つくづくと思います。何といっても、勇気を出して体験実習にトライしたお陰で、私たちはこんなに素晴らしい出会いに恵まれたのですから。

最後に黒川さんご本人に、お母様を通じて今の心境をお聞きしました。
「ファームは好きですか? 楽しい?」「うんうん」。
「これからもずっと働きたい?」「うんうん」。
「農場長さんのこと、好き?」「・・・」。
はにかみながら、最高の笑顔が返って来ました。

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